デス・オーバチュア
第193話「ディーペスト・シャドウ(最深き影)」



「……惜しかったわね」
電光旋風破皇槍の爆発が晴れ、光輝くエナジーを纏った日傘が現れた。
「嘘……電光旋風破皇槍に耐えるなんてどういう傘よ!?」
「なるほど……傘の表面だけにエナジーバリアを圧縮展開する技ですか……一面しか防御できませんが、普通のエナジーバリアの数倍の厚み……防御力を持たすことができる……」
納得いかないといった感じのランチェスタとは対照的に、セルは冷静に分析する。
「確かに、発想も見事ですけど……それ以上に評価すべきは、バリアの展開の速さ……よく間に合わせたものですわね……」
Dには、電光旋風破皇槍を蹴り飛ばした瞬間、アンブレラが日傘を差そうとしたのが一瞬見えた。
しかし、あのタイミングでは日傘を開きれるかどうかも微妙で。
まして、力任せに周囲に発生させる普通のエナジーバリアよりも、おそらく微妙な調節と集中を必要とすると思われるあんな難度の高いバリアを瞬時に生み出せるとは、とても信じられなかった。
「ええ、際どいところだったわ……」
表面を覆うように展開していたエナジーの輝きが消えると、アンブレラは日傘を閉じる。
「まさか、蹴り飛ばして加速させるなんて思わなかったから、一瞬虚をつかれて対応が遅れたわ……」
「一瞬ですか……よく言いますわね……」
Dが電光旋風破皇槍を蹴り飛ばし、アンブレラに到達するまでの間は、一秒以下の時間である。
その間に、虚をつかれ、立ち直り、対応策を考え、実際に対応を完了させる……よくそんなことができたものだ。
「あのタイミングでは、回避も迎撃も……エナジーシールドの展開以外は何もできなかったわ。ところで……」
アンブレラは、閉じた日傘を杖のようにして立ち、Dの傍までランチェスタとセルが駆けつけてくるのを待つ。
「一応いまさら聞いておくけど……何の用かしら? いきなり攻撃してきて……乱暴ね……」
悪戯っぽい微笑を浮かべて、アンブレラは三人に尋ねた。
「この前いきなり襲ってきた……ひとの決闘に横槍を入れたあなたにだけは言われたくないわ! あなたは敵! だから倒す! ただそれだけよ!」
ランチェスタは、白銀の十字架の長い方の先端……電光神罰砲を撃ちだす銃口をアンブレラへと向ける。
「まあ、ランチェスタ程単純ではありませんが……基本的に私も同意です。まあ、個人的にはあなたの正体や目的も興味がありますが……倒してしまえば、それを気にする必要もなくなることですし……」
セルは、ランチェスタと同レベル(単純)に思われたくはないが、これから始める行為は同じだと主張した。
「わたくしも同じようなものです。エクレールとの決闘を汚されたのは不愉快ですし……何より、貴方のような妙な存在に彷徨かれて迷惑ですわ。光喰いはわたくし一人だけでいい……」
Dは白銀の剣をアンブレラに向けて突きつける。
「なるほど……理由がなくてさえ戦う魔族にしては、それだけ理由があれば充分すぎるわね、殺し合うのは……じゃあ、セレナじゃないけど、ちょっとだけ『遊んであげる』わ……三人仲良くかかってきなさい」
アンブレラは挑発するように、右手で手招きした。
「馬鹿にするな!」
ランチェスタが文字通り電光のような速さで、瞬時にアンブレラとの間合いを詰める。
「電撃(サンダーボルト)!」
「ディーペスト・クロー!」
雷を纏ったランチェスタの右拳と、紫黒の輝きを放つアンブレラの鉤爪のような構えの右手が激突した。
「くっ、互角!?」
互いに右手を突きだした格好のまま、二人は互いを押し合い均衡する。
「……脆弱……」
「えっ? あああぁぁっ!?」
紫黒に輝く爪が、雷のコーティングを貫き、ランチェスタの右拳に突き刺さった。
そして、ランチェスタの右拳の肉を剔り取りながら、アンブレラの右手は引き戻される。
「ディーペスト・クローは全てを貪る闇の爪……安易に触れては駄目よ……」
アンブレラは右手を眼前に持ってくると、紫黒の輝きを消しさった。
「くうぅ……」
ランチェスタは右手を左手でおさえる。
赤い血が大地にしたり落ちていた。
「赤い血か……綺麗ね……私やそこのお姫様みたいなどす黒い不浄の血と違って……」
アンブレラは、自嘲と自虐、そして嘲笑を込めた微笑をDへと向ける。
「我が黒き血は、闇に生まれしモノである名誉ある証……それを汚れと言うのですか、貴方は?」
Dはゆっくりとした足取りで、アンブレラに近づきながら言った。
「赤不浄(血の汚れ)に黒不浄(死の穢れ)……その二つの穢れを併せ持つのが……私達、卑しき光喰いの黒血よ……何も知らない幸せなお姫様……」
アンブレラの瞳には侮蔑と哀れみが浮かんでいる。
「自らの種をそこまでさけずみますかっ!」
Dは一歩で間合いを零にすると、白銀の剣を迷わず振り下ろした。
「私にだけはその資格があるのよ……愚かな……よ」
「えっ?」
アンブレラは、紫黒に輝く右手であっさりと白銀の剣を受け止め、握り締める。
「神銀鋼製の剣……私達、闇の塊を普通に『斬れる』天敵のような武器……でも、直接触れなければ何の問題もない……」
「手をエナジーでコーティング……そんな薄手袋のようなもので迷わず握るとは……」
少しでも剣を捕らえる角度やタイミングがズレれば、エナジーの膜ごと右手をバッサリと切り落とされていたはずだ。
「貴方と私ではくぐってきた修羅場の数が違うのよ……」
アンブレラの左手が紫黒の輝きを放ち出す。
「うっ……」
「ディーペスト・フィンガー!」
「あああああああっ!」
紫黒に光り輝く左手が彼女の胸に叩き込まれた。
少し前のオッドアイのように、吹き飛ばされたDの姿が地平の彼方に消えていく。
「焼け爛れた掌が剣の柄に張り付いて、すぐには手放せなかったのね……難儀な剣……」
Dは、アンブレラの左手が光った瞬間、攻撃されるのを悟ったはずだ。
彼女なら、迷わず剣を手放し後方に跳び離れることを選択しただろう、剣が手から放れさえすれば……。
「エナジーでコーティングして握れば手が焼け爛れることもないでしょうに……剣を操る際の微妙な感覚を失わないためか……いえ、そもそもあんな武器を使う時点でマゾね、あの子……」
アンブレラは一目で、Dの使う白銀の剣の全てを見抜いていた。
「ん……治しておくか」
親指以外の四つの指の爪が離れている左手を目前に持ってくる。
次の瞬間、四つの指に新しい紫黒の爪が生えていた。
「その爪……再生可能だったのですね……」
「ああ、心配しなくても『シェイド』は補給されないから……あくまで普通に爪を治しただけよ。今日作れるシェイドが残り六体なのは変わらない……もっとも、もうシェイドなんて作る気も、必要もないのだけど……」
アンブレラは少し意地悪げな微笑を浮かべる。
「わたし達二人を倒すのには必要ないってか……言ってくれるわね……」
ランチェスタはアンブレラを激しい敵意を込めて睨みつけた。
「ランチェスタ、彼女の実力は少なくとも私達と同格以上です。ここは、二人で確実に……」
「却下よ! こいつはわたし……が!?」
目を離したわけではない。
視線はアンブレラに固定したまま、ほんの少しだけ意識が話しかけてきたセルに向いただけだった。
けれど、それはアンブレラから見たら充分すぎる相手の油断……隙だったのだろう。
アンブレラはその隙を逃さず、ランチェスタの懐に潜りこんでいた。
「作戦タイムでもとったつもりだったの? 本当に攻撃していいのか悩む程、隙だらけね」
彼女の右手が紫黒に発光する。
「ディーペスト……」
「翠玉終極掌(エメラルドエンド)!」
ランチェスタに光り輝く紫黒の右手を突き出そうとしたアンブレラの真横から、セルが左掌に掌サイズの翠色の嵐の球を宿らせて襲いかかった。
攻撃の最中は防御はできない。
セルは、結果的にランチェスタがおとりになってくれたこの機会(チャンス)を逃さなかった。
「…………」
アンブレラの口元に微笑が浮かぶ。
「クロー!」
次の瞬間、アンブレラの右手がランチェスタの左胸に突き刺さり、セルが地面に前のめりに倒れ込んでいた。
「……な……何が……?」
大地にめり込むように倒れているセル自身にも、何が起きたのか解っていない。
解っているのは、必勝の機会を逃さず、自らの必殺技を回避不能の相手に叩き込もうとした瞬間、全身に凄まじい負荷がかかり強制的に転ばされたことだけだ。
「相手の攻撃の瞬間を横手から狙うのは悪い考えじゃない。でもね、『足下』にも注意しないと駄目よ。前に言わなかった? 言ってない? ん、言ったのは別の相手だったかも……」
アンブレラは顎に左手をあてて、思い出そうと考え込む仕草をする。
「ち……ちょっと……や、やるならさっさとやりなさいよ……がはっ!」
左胸に右手を突き刺されたまま放置されていたランチェスタが、吐血しながら言った。
アンブレラの注意が自分からズレている間に逃げようと考えなかったわけではない。
だが、心臓を鷲掴みにされて『完全掌握』されていては、逃げるに逃げられなかった。
掴まれているのが腕なり足なり他の部分なら、その部分を犠牲にして逃れることもできたのだが……心臓ではそうはいかない。
「ああ、ごめんなさい。そうね、握り潰すのと、剔り取られるのどちらが好みかしら?」
アンブレラは、今日の夕食はパンと御飯どちらが食べたい?……とでもいった軽い調子でランチェスタに尋ねた。
「あ……あなたね……完全にわたし達のこと舐めている……というか、『敵』とすら認識していないでしょう……?」
この女は、おそらく何度もわざと見逃している。
ランチェスタやセルを殺せる機会を……いや、最初から殺すつもりすらないのだ。
大人が向かってくる子供をあやすように……『遊んであげている』つもりなのかもしれない。
Dを突き飛ばした時も、ランチェスタの心臓を掴んだ時もそうだ。
本当なら……その気なら、あの瞬間に一撃で葬ることができたに違いない。
「あら、解ったの?」
「うぎゃっ!?」
「ぐふぅ!?」
アンブレラは、ランチェスタを立ち上がろうとしたセルの上に投げ捨てた。
「そうね、手の内公開なんて大したものでもないけど……どうやって、自分が転ばされたのかぐらい教えてあげましょうか?」
彼女の足下の影が、円形に周囲に拡がる。
アンブレラの『人影』は二百メートル程の『円』になっていた。
「一瞬で展開できる範囲は約二百メートル……まあ、時間さえかけていいのなら無限に『領域』を広げることができるのだけど……」
「……影の……領域?……あのオーニックスとかいう人形と同じ……?」
「影重領域(えいじゅうりょういき)……グラビティーシャドゥー」
「がふっ!?」
「くううっ!?」
積み重なったセルとランチェスタが、さらに見えない重石でも乗せられたように、大地に『沈み』だす。
「ラ……ラ……ランチェスタ……重い……で……」
「ち……ち……ちょっと……わたしの体重が……重いみたいに……言わ……がが……」
円形の影の領域が、アンブレラの立っている真下以外全て『陥没』した。
「一瞬でかけられる負荷……重さは限界があるけど、時間さえかけていいなら無限に負荷を増すことができる……まあ、その程度の陳腐な能力よ……」
アンブレラは、本気で陳腐に思っているかのように言う。
「……そうか、あなたの能力は……影でも闇でもなく……じ……重力……!?」
「そうじゃないわ。私の現象概念……私という存在は紛れもなく『闇』よ。ただ、私の闇の性質……特質……まあ、個性が『影』であり『重力』なだけよ」
一口に闇の力と言っても、いろいろな性質や特質、要素が存在した。
ファージアスもDも、そしてアンブレラも広義な意味では同じ闇使いだが、それぞれに闇の使い方、効果、タイプは様々である。
ファージアスは闇を闘気(破壊力)や空間への干渉力として使うことを得意とし、Dは触れたものを『奪う』か『爆破』する純粋な闇を操った。
それに対して、アンブレラの闇は、『影』や『重力』といったモノのイメージ通りの性質を持っている。
無論、Dやファージアスと同じような闇の使い方もできるが、その場合、二人に比べて明らかに威力が落ちたり、行使するまでの必要時間がかかったりするのだ。
「さてと……じゃあ、追ってこれない程度にダメージを与えて終わりにさせてもらうわ。それとも、負けを認めて、私を黙って帰す? それなら、もう重圧から解放してあげてもいい……」
「ふ……ふざけるんじゃないわよ! いつまでもこの程度の……力で……わ、私を押さえつけられる……と……うきゅぅ!?」
重力に逆らい立ち上がろうとしたランチェスタに、さっきまでの倍の負荷がかかる。
「……重力……影……まさか、あなたはっ!?」
セルが何かを思いだしたように叫んだ。
「やっと思い出しましたか、風の魔王……」
アンブレラは口元に苦笑を浮かべる。
「影の魔……」
「では、次に会った時は、昔話に花を咲かせましょう……その時は……本気で殺してあげる!」
妖しげな薄紫の瞳に明らかな憎悪が宿った。
「ぐああああああああああああああああっ!?」
「きゃああああああああああああああああっ!?」
重力の激しさが数倍に跳ね上がり、セルとランチェスタが悲鳴をあげる。
「我が屈辱と恥辱、その身で味わ……」
『剣に生き……』
アンブレラが憎悪と怒りのままに、追撃の攻撃を放とうとした瞬間、この場に居る誰のものでもない声が響いてきた。
『剣に斃れ……』
声は全方位からアンブレラを包囲するかのように聞こえてくる。
『廻る運命に、永久なる戒め……界は廻にして戒……此処は剣士の死に処……剣死界(けんしかい)なり』
詠唱のような声が途切れると、世界が一変していた。
草一本生えていない果てなき死の大地。
死の大地に存在するのは、折れた剣、砕けた剣、墓標のように地に突き刺さった剣、剣、剣、剣……無数の傷ついた剣だけだった。
「ここまで寂しい世界は初めて見たわ……何もない……闇だけの世界の方がまだ此処よりは落ち着くでしょうね……」
無惨な無数の剣の残骸達が、剣の墓場のような印象を醸し出している。
「オレの世界は気に入らないか? 捜したぞ……影の魔王アンブラ……」
「剣の魔王……ゼノン……」
アンブレラの傍からはランチェスタとセルの姿は消えており、代わりに黒い制服の黒髪の美人が佇んでいた。




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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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